詩集 家族の肖像  海 太郎

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 ラブ ・ レ タ ー


夏がくればそれだけでこころがウキウキします
あなたあての短い夏の便りは
もう書き終えたけれど今年は届けることができません
どうして暮らしていますか
朝の食事はきちんと食べていますか
仕事をぐちる口もとはきっとひきしまっていますか
土曜日の夜にはいつもくりだしていた
梅田のベコーのママは元気でしょうか

エナメルのひかる靴はいてネクタイしめて
あなたと酒を飲みにいきたい

電話もずいぶんとだえて声も聞けないけれど
海の波に照りつけるおひさまの輝きに似たあなたのひとみは
まだあの頃のようですか

あなたに打ち明けるわたしのこころは
買ったばかりのスーツのようにぎこちないけれど
遠いところでじっとあなたを見つめています

旅先の喫茶店で紅茶を飲みながら窓際にすわって
あさの会話をたのしむ人達を見つめています
絵葉書にぴんとした切手をはってあなたに届けたい

しかくな葉書のまんなかに
元気でと書くことだけが
精一杯のわたしのあかんたれ


  そんぐ・しんぐ

しんぐは
ねどこの
こもりうた
そんぐは
もうけぞこないの
かなしい
ばんか

つかれたときに
きこえてくる
うたを
おぼえて
いたいね

かなしいときに
きかせてほしい
うたが
あると
いいな

ぼくらが
いつまでも
へこたれないのは
わけが
あるんだ

はれたよぞらに
またたく
こんぺいとう
あまぞらのさきに
かがやく
れいんぼう

てにもつ
かがやくやいば
みにつけたのは
おさがりの
くろいせーたー

とおくにだけど
めざすものがあるんだ
いかなくてはならない
とおいところがあるんだ
くちぶえをふいても
まもらなければならない
ともだちがいるんだ


 東京タワーの憂鬱

都会のビルを
ながめている
東京タワーが
涙をふいている

今日いちにちの
かなしい
想い出が
三時の時報に
乗っかって

明日の
映画館にある
とてつもない長い
予告編と
一緒に運ばれる

真っ青な大きな空に
ちりぢりになった白い雲が飛んでいる
僕らはどこから来て
どこへ向かっているのだろう

やがて現れる
気持ちばかりの
香典を届けに向かう
サラリーマンの交わす想い出話と
黒いかばんに詰まった苦労話が
列車の床いっぱいに
散乱している

街にあふれる雑踏の中
握りしめたちいさな茶色い切符に
今日いちにちのありたけの思い出を
繰り返し重ねながら
僕らはまた
それぞれの明日へ向かって走っていく


 ある会社での昼食時

人事部にいる
日川さんは
いつもめがねを
鼻先にひっかけて
書類をトランプのように
さばいている

営業部の
葉頭さんの
友達は先日
東京大学でなにやら
あやしい研究論文を
発表したらしい

海外資材部に
やってきた
ドイツ生まれの
スタインベッカーは
ひっきりなしに
シャイセシャイセと
つぶやきながらキーボードを
小刻みにたたいている

みんな
それぞれの人生を
相手の茶碗に
押し込めながら
窮屈な食卓を
飾っている


 家族の肖像

まるい目をした
みみずく父さん
今日のお仕事むつかしい
むつかしい仕事のあいだに
こっそり貯めた栗の木の葉で
その身を隠す

四角いみみの
元気な母さん
おさんどつくる
かわいい母さん
明日の時計を
さんぷんずらせて
今朝はゆっくり朝寝坊

さんかく丘の頂きに
ぼくのこたえが届きます
無くしたものを捜します
取られたものを見つけます

さんかく丘の頂きに
今年は冷たい風が吹いています


 友 達 に な ろ う ね

友達ができた
娘の加奈子が小学校から帰ってきた

大きすぎるランドセルに抱きかかえられるように
初めての小学校に
今朝 出かけていったばかり
どうやら友達を作ったらしい

聞けば
友達になろうね と言ったという

言いそびれてなかなか言えない挨拶を
ぼくらはどこにおいてきたのだろう
寝れば大きく見える娘の加奈子を
きおつけの姿勢でばかり見ていてはいけないようだ

僕らに言えないアイ・ラブ・ユーも
しっかり相手を見つめていつかきっと言うのだろう

しなやかにのびるこころと
光をいっぱい吸い込んだひとみをもって
いつまでも
旅にでかけていて欲しい

手をかたくにぎると
パチンとガラス玉のはじける音が聞こえた


  つ な が り

子供のまぶたが割れた
ぱっくりと口を開け
血がにじんで
白い扉に小さい模様を描いた

二歳の誕生日を縫い合わす
ふたつぶんの針が父親のまぶたにも刺さっている
同じ場所に同じ傷

ますますそっくりな複製ができあがってゆく

そうするとまた息子の喜丈も
なかなか書けない詩に
悩まされる楽しみを
知るのだろうか

こっそりと庭に穴を掘って
昨夜のうちに作っておいた
火薬づめのプラスティックに火をつけて
大けがをするのだろうか

美しい娘さんに
片思いをして


からだが熱くなるのを
覚えるのかしらん

いえいえ
彼はきっと自身に似合いの羽根と宇宙服を身につけて
空に登ったり高い階段からひらりと飛び降りて
父親の目のまでくるりと宙返りをうって
どんなもんだいという顔をしてみせるのだろう

そんな高い階段も気持ちのいい空も持たなかった
父親達は
彼らがそんなたわいのないことに
キャッキャしているのを眺めながら

雲に腰掛けて
したり顔に頬杖ついて
ため息をついていることに
なるのかもしれない


 海太郎の子守唄

くりくりの髪と
ときどき思いもよらないことばで
僕らの頬をゆるめてくれる
海太郎は沖縄の蒼い海で生まれた

海太郎が生まれたとき
こともあろうに
父親になるこの僕は
病院を抜け出して
近くのパン屋であんパンをかじっていた
それを今でも不実だと責められる

最初はふたつだった雑煮椀が
みっつになって
よっつになって
いつつになり
新しい年を迎えた時に
僕らの家族が出来上がる

誰にも崩せない
おうちです
おうちの中に揃っていなければ
ならないものは
お箸やフォークではありません
テレビでも新聞でもありません

新年を祝う雑煮椀が
やがて
よっつになって
みっつになって
そのうち
最初のふたつに戻る時
海太郎はどんな大人になっているのでしょう
どこから
僕たちを見ているのでしょう
海太郎の食卓には
いくつの椀が並んでいるでしょう

僕たちを驚かせた
海太郎の孤独感ときらめくような感性を
僕らふたりが
ジャンケンをしてもわかちあうことは
もはや出来なくなっていることでしょう

くりくり頭に
ふっくらほっぺ
夢みているのは
七色のおさかな

眠りにつくならあとすこし
うたってあげようこもりうた

ほしいものを
教えておくれ
見たいものを
きかせておくれ

眠れないなら寝なくていいよ
うたってあげるよこもりうた

海太郎は残念ながら
生まれてすぐに
諒治という名前に変わりました
それでも彼が海からやってきたことに変わりはありません
僕たちの知らない海からやってきて
いつのまにか
大きな海の真ん中に
ポカリポカリ浮かんでいます

僕たちが唄う子守唄を
気持ちよさそうに聞きながら
蒼い海のまん中で
ポカリポカリと浮かんでいます


  大 阪 は

あまえんぼの
あんたやさかい
うんと
うなづかないで
いつも頭をよこにふる

大阪はええまちやで
御堂筋のいちょう並木は
秋にほんまに
金色になんねんで
たこやきも
おこのみも
みんな
ほんばもんやちゅうねん
駅前の商店街の店屋さんで
ソーダをのみながら食べたら
ごっつうおいしいで

きつねうどんも
最高や
えべっさんって知ってるか
河内音頭は夏だけやあらへん
中之島にはいまでもアベックさんが
ぎょうさんいたはるで

いっぺんおおさかに
来てみいや

大阪はけちんぼやさかい
あんたもきっと好きになる
間違いなしや

御堂筋はシャンゼリゼや
通天閣はエッフェルや
地下鉄はメトロで
中之島はセーヌに浮かぶシテ島や
ちょっとひつこいか
大阪はおおさかや
シャンソンでもうとたろか

ロマンチックなあんたやさかい
通天閣に灯りをともして
泣かしたろ


 あぶら蝉

夏が始まるのは
蝉の声からです

蝉の声がジリジリ照りつける
明るい夏の日差しを運んでくる

夏に生まれた子供達の
産声と競い合うほどの

あおい空に響き渡る音
あおい海に染み渡る音

君のみみもとにとまる蝉の声が
ことしももうすぐやってくる

あのころのままですか
いまでもあのころのままですか

なみだをためてあの坂道を駆け上がった
八年前の暑い夜

夕焼けの向こうに見つづけた
遠い遠いぜんまい仕掛けの遊園地

どこかに隠れたかくれんぼの鬼を
今もここで待っている

あのころのままですか
いまでもあのころのままですか

小高い山の野道に雑草を踏みしめて
汗をかきかきゆくと目の前に広がる海

夏の朝
蝉の声が聞こえてくると

思い出すのは
遠い昔に別れた麦わら帽子のあなたです

どこかの街で
この音を聞いたら

もう夏が始まっています
蝉が激しく鳴いてます


 表札 の な い 街

表札のない街を歩く
名付けることの難しい植物が生い茂って
手招きを繰り返す街
近所の本屋で新聞紙大の地図を買って
クリーニング店の軒先でひろげ
通りかかる人達に君の住む家を訊ねてみるが
誰も知ることのなかった君の住む家

めぼしいところに赤い大きな印をつけて
足を進める
ただ
二・三人の人達だけが君の名前を耳にしていた

一人は海外からやって来た船員で
もう一人は道路工事の五十を過ぎたおやじ
あとは正体のわからない
音楽家

表札のなくなった街には
今も白い風が吹いている
訪ねるひとはなくしたものを探せない
訪ねることのないひとだけが
今も
表札のなくなってしまった街を知っている
表札のなくなっている街に
住むことができる


 希望 と 願 望

希望と願望が列車に乗って
夏の短い旅を続ける
希望にははかない望みがあり
願望にはせつない望みがあった

列車の窓から過ぎていく光景は
新しく鮮やかな光にあふれていた
ウキウキする旋律が聞こえていた
希望と願望の前には見知らぬ時間が過ぎていった

港町に向かえば女達があふれていた
大漁船を待ちこがれた赤錆びた腕
お人好しの老漁夫を抱き上げる小さな腕
遠くの祭り唄に合わせて踊る太い腕

青い灯りが町中に流れていく
勇敢な大男は今日も元気で
華麗なピアノ弾きは昨日の内に化粧を終えている
希望と願望の前には見知らぬ時間が過ぎていった


絵葉書の中にあった山を眺め
遠くの街を想った

山の中にいる昔の
母親の腕に抱かれている子供が
ずいぶん懐かしかった

欲の深い女の子が希望と願望の前に現れて
ねえ、どこへゆけばいいの と聞いている
希望も願望も 自分の腕の中にさ と応えたかったけれど
少女の頭をなでながら
港町から遠く離れた町外れの
小川に住んでいるシジミ採りに出かければいい
と告げながら背中をむけた
希望と願望に見知らぬ時間が過ぎていった

短い夏の旅を続けながら
今の世に小さな腰掛けのひとつもないことを知った
他人の大事な宝物を見れないで泣いている
子供の卑しさでもなく
他人の恥ずかしがっているところをひろげて喜んでいる
子供のさみしい心でもなかった

居眠り好きなことと
取り上げたらきりのないほら話
幸福に続く旅路は見あたらない
文学はいつも救済で
絵画は永遠の愛情にだけ似ていることを知った

希望と願望が列車に乗って夏の短い旅を続ける
希望にははかない望みがあり
願望にはせつない望みがあった
希望と願望は山の頂から勇気に向かって
夏の絵葉書を
あふれる気持ちの隠しよう知らずに

激しい動作で投げつけた


 未来からくる列車

東京のメトロの駅には
不思議な生き物が住みついていて
朝早くホームに立つと
のっしのっしとやってくる

メトロの切符を体中に貼りつけて
もうゆけるところはないよ
ここから先はよした方がいいよと
いいながら
ゆっくりゆっくり過ぎてゆく
不思議なまあるい生き物を
僕は何度も見かけたことがある

どこまでも
遠く遠く出かけていける
深く深く沈んでゆける
君の行き先は聞かないけれど
僕は既に知っている
君がどこからやって来て
どこへと戻ろうとしているのか
自分を黒い帽子にしまい込んで
姿を
見えなくしてしまう君と
いつも
丸裸な僕とは
永遠に出会うことはない

東京のメトロの駅で
アイスクリームを頬ばると
いつの間にか自分自身もとけて
二本の線路に染みこんでゆくそうだ

なんだかカフカの小説に出てくる
グレゴリー・ザムのようだと君がつぶやき
僕はモディリアニの描く女の青い瞳に
吸い込まれていくような気がするという

坂道を
のぼりきったところにある
メトロへの入り口で
僕は見かけた
君と君のたましいが
仲良く手をつなぎながら
二枚の切符を握りしめていたのを

さて
僕の明日は
君の今日だ

そろりそろりと
未来からの列車が滑り込んでくる

未来からの列車が
もうすぐ
僕らを迎えにやってくる


 えじゅとホタル

あるなつのあついひ、メロンパンがおきにいりの六さいになったばか
りのえじゅはだいすきなパパといっしょにホタルがりにやってきました
そこは、えじゅがすんでいるところとはぜんぜんちがって、たかいビル
も、ぎょうれつのようなじどうしゃも、ソフトのおいしいミニストップ
も、おねえさんがもっているあかいけいたいでんわだってなあんにもあ
りません

えじゅがあったことのない、おじいさんやおばあさんがすんでいたとこ
ろです

「おじいさんもおばあさんも、おほしさまになって、えじゅをみてい
てくれているんだよ」とパパがいつもいっていました

なんだかいいにおいがします パパが、それはくさのにおいだよ、あお
いくさのにおいだよと、おしえてくれました はじめてかぐくさのにお
いでした やがて、ゆうがたがすぎて、あたりがくらくなってきて、ち
いさなあかりがあちこちにみえました

あれがホタルだよってパパがおしえてくれました。くろくてムズムズ
うごいているので、ちょっとこわかったけれどホタルをてのなかにすく
ってみました てのひらのなかにいておとなしくしているホタルと、お
はなしをしていたときです、ホタルはえじゅのてのひらからとびだして
あおいくさのうえをちいさなあかりをともしながら、くらいおそらにむ
かってとんでいきました。

「あんなにたかくあがっていって、だいじょうぶかなぁ」
えじゅはなんだかかなしくなりました

「あっ、もうあんなにたかくあがっていっちゃって。。。。」

「・・・・・・・・・・」

「なぁんだあれは、おほしさまかぁ」

えじゅはいつのまにか、ホタルをみうしなっていました えじゅがホタ
ルだとおもっておいかけていたのは、ちいさなおほしさまでした
おそらいっぱいにひろがるおほしさまでした

† ‡ †

えじゅのなつやすみは、はじまったばかりです じゅうねんごでも、に
じゅうねんごも、いつまでもほたるにあいにこようとえじゅはおもいま
した

かえりのでんしゃのなかで、えじゅはパパのてをぎゅっとにぎりしめ、
メロンパンのゆめをみながら、すやすやとねむってしまいました

=おしまい=

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